宗教アカウンタント通信No.51

○世相に思う


○世相に思う

イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を繰り返し掲載してきたフランスの風刺 週刊紙「シャルリー・エブド」が、本年1月、イスラム教過激主義者に襲撃され、 12人が殺害される事件が発生、続けて発生した連続テロで、さらに多くの犠牲者 が出ました。これを受けフランスでは400万人弱が参加する犠牲者の追悼とテロ への抗議の行進が行われ、社会はイスラム教排斥に異論を挟みにくい空気に支配 されているとの報道がなされています。また日本人まで人質に取られた「イスラ ム国」問題では、同勢力とヨルダン、エジプト等との報復合戦的な様相まで呈し ています。 まずもって、暴力やテロによって問題を解決し他者と理解しあうことはできない。 有史以来そのことをさんざん教わってきたはずの我々は、まだそれを学びきれて いなかった。その事実に深い悲しみを覚えます。と同時に、自らの感覚で理解す るのが困難なものを受容しようとせず、排除するベクトルに乗せてしまう、乗っ かってしまうような風潮にも違和感を感じます。 筆者が帰依している仏教は、他宗教にきわめて寛容である宗教と言われています。 寛容というと偉そうですが、要するに「(この世に存在するすべてのものは空な のであるから)ものごとにこだわらない、固執しない」というのが仏教の基本理 念です。ですから、たとえ他の宗教の信者さんが近くにいても、その人を拒んだ り嫌ったりはしません。一方、キリスト教やイスラム教のような一神教は、思想 家の岸田秀の言葉を借りれば「全知全能の神の無謬性を前提にしており、おのれ は常に全面的に正しく他は全面的に間違っているという立場に固執することしか できない」ため、他者を否定するベクトルが自ずと強い。もちろん仏教が世界を 平和にする唯一の思想・宗教だとは思いませんし、(仏教系の)宗教者の肩書を 持つ人物がすべて聖人君子であるとも言いませんが、先ずなにはさておいても、 自らと主義・信条の異なる人が居ることをしっかり理解し、それを受け入れ、尊 重する。そして次項に述べる「施しの心」をもって他者に接する、そのような心 掛けこそが、今こそ全世界の人々に求められているのではないか、そのために世 界の宗教者は立ち上がる時なのではないか、と考えるものです。

○今月の一言

「無財の七施」『雑宝蔵経』(ぞうほうぞうきょう) むざいのしちせ。仏教が最も大切にしていること、それは「施しの心」です。施 しとは、お金や物を他者に差し出すことだけではありません。むしろ、そのよう に物質の受け渡しではない、いわばこころや気持ちの自分から他者への受け渡し こそが、皆様ひとりひとりが悟りを啓くための道のり、であるといえます。 七つの施しとは具体的には以下の通りです。 眼施(げんせ)・・・温かいまなざし 和顔悦色施(わがんえつじきせ)・・・笑顔 言辞施(げんじせ)・・・優しい言葉 身施(しんせ)・・・体を動かしての奉仕 心施(しんせ)・・・心配り 床座施(しょうざせ)・・・座る場所をゆずる 房舎施(ぼうしゃせ)・・・家や場所を提供する この教えはきわめて平明で、所得の多寡を問わずどんな人々にも実行可能な行為 であるため、真言宗、天台宗、浄土真宗など、幅広い宗派で解説、実践されてい ます。平素宗教とは縁遠いところで生活をしているように思える現代人も、周囲 と接触することなく一日を過ごすことはまずないはず。仕事が忙しく心がささく れがちなときこそ、他者への心遣いと施しを。


(宗教法人アカウンタント養成講座 講師 高橋 泰源)