宗教法人アカウンタント通信No.143


〇いま一度、仏教経済学


〇いま一度、仏教経済学

2017年以来、5年ぶりになりますが、今回は仏教経済学のお話をさせていただきます。

仏教経済学(Buddhist Economics)は、イギリスの経済学者、エルンスト・フリードリッヒ・シューマッハーによって、1966年に提唱された経済学です。一般の経済学が「適正規模の生産努力で消費を最大化する」ことを主眼とする のに対し、仏教経済学は「適正規模の消費で人間の満足度を最大化する」ことを生活・ 労働の目的とします。 つまり、大量生産・大量消費に走ることなく、作業や労働に喜びを感じながら身の丈にあった収入を得、贅沢をせず、質素に、それでいていきいきと暮らすようなイメージです。

ダライ・ラマ14世は「まだ足りない、もっと欲しいという感覚は、対象物が本当に手に入れる価値があるからではなく、自身の心の妄想から生じる」と語っています。

世間は情報に溢れています。その多くは、生活に便利をもたらしたり、省力化したり、楽しさや快適さや豊かさを与えたりするサービスや商品の紹介です。PCやスマートフォンを開けば、以前に検索した用語やサイトに関連する広告が表示され、テレビの情報番組ではデパートや家電量販店、スーパー、コンビニの売れ線、もしくはこれから提供されるであろうサービス、売れるであろう商品がこれでもかとばかりに紹介されています。

たしかにそれらの情報は有益であり、人々に満足を与えるものかもしれません。しかし、ひと通り利用してみた後に残るものはなんでしょうか。

例えば、人感センサー。ひとの気配を感知してテレビやエアコンが付いたり消えたりする機能です。確かに便利でありがたくはありますが、一度この機能に慣れてしまうと、非搭載の機種にはなかなか戻れません。犬や猫に反応してスイッチが入る場合もありますし、一般的に多機能型の機種は故障を生じやすくもあります。

「あったらいいな、便利だな、と消費者が思うものを生産者が提供し、経済規模を高めること」が自由市場経済学の根幹であり、それを否定するものではありませんが、必然的にそれは「富を持っている人の生活品質の向上」に直結します。本当にそれが望ましい姿なのか、我々は立ち止まって考えてみるべきではないでしょうか。仏教経済学は、「包括的に最適な成果を実現することに努め、苦しみをどれほど最小化するか」で政策を評価します。いわばすべての人のQOL(生活の質)を押し上げることを目的とするわけです。

幸か不幸か、我が国の物価は久々に上昇トレンドに入っています。新たなものを買う時に少しだけ立ち止まる習慣をつける、よい機会かもしれません。生活必需品は別にして、「あったらさらに便利になるもの」については、それが本当に必要か、それなしでは生活はしていけないほどのものか、今まで以上によく考えてみてはいかがでしょうか。

「次は何を買おう」「次はどこへ行こう」の代わりに、「今、何ができるだろうか」を。

参考文献:「仏教経済学」クレア・ブラウン著 村瀬哲司訳 勁草書房刊


(宗教法人アカウンタント養成講座 講師 高橋 泰源)